県政NOW 「能登半島地震から学ぶ」
正月の地震発生から5月に入りようやくボランティア支援の募集記事を目にするようになって安堵しているところです。発災直後は、各地で道路が寸断し救援物資が届かないとの報道から受け入れ体制が進まないことを予想していたものの、これ程、時間を要するとは思いもがけないことでした。それ以外にも能登半島地震では予想外のことが多く、様々な教訓が得られるのではないかとの思いに至りました。
今回は、事前準備の前提となる被害想定について考察いたします。
石川県は、近年では2007年に輪島市沖を震源とする震度6強の地震を経験したものの、1982年以来、震度1以上の有感地震の回数が全国で最少と言えるほど少なく、それほど大きな地震や津波は起きないとの安全神話がありました。このため輪島市沖地震を境に状況は一変したにもかかわらず、1997年に作成した地震の被害想定が見直されませんでした。また2007年の地震を県政史上未曽有の大災害と位置付けた一方で、被害が最小限にとどまり、比較的早期の復旧が図られたと総括し、逆にこの地震が裏目に出て能登の住宅は災害に強いと思い込んだとの記事を目にしました。県が策定する被害想定は、市町村の地域防災計画の前提になるもので、石川県は、極めて小規模な地震を想定し、その結果として事前準備が不十分となったのではないでしょうか。孤立集落が多く発生することを想定していれば備蓄対策のあり方や衛星携帯電話の配備などの対応がとれたかも知れません。さらに国の長期評価の策定を待つ受け身の姿勢が長く続いていたとの報道もあり、結果論ですが、どのような活断層があってどのように動くかについて国の評価を待ってから話し合うという姿勢が、今回の地震で問われました。国のトップダウンから地方自治体が自ら動くボトムアップの防災に切り替え、自ら積極的に被害想定をしなければ真に災害に備える防災対策とならないと思います。滋賀県もこれらを教訓に防災対策を進めなければならないと考えます。






