『モーツァルト 父の夢、子の夢』(3)旅立ちの日に見せた父と息子の表情の違い
旅立ちの日は、1777年9月23日であった。ヴォルフガング(モーツァルトのこと)にとっては、久しぶりの旅、しかもうるさい父親なし、監視の目の緩い母親との二人旅とあって、心は軽い。いつもの父親の役割は自分が引き受けるんだと、意気軒昂である。「まるで王子様のような暮らしぶりです。僕たちに足りないものといったら、父さんだけ。でもまあ、神様がそう思し召しなのだから…これからも万事うまくいくでしょう。父さんが元気で、僕のように楽しく過ごしてくれていることを願っています。僕は第二の父さんだから。万事に気を配ってね。御者にも僕がすぐに支払いをしています。だって、連中と話をつけるのは、母さんよりも僕の方がうまくできるから」
一方、その手紙に返信した父レオポルトの手紙の調子は暗い。「お前たちが旅立ったあと、父さんはとても疲れ果てて階段を昇り、そして椅子にがっくりへたり込んだよ」レオポルトには、この旅が、息子の今後の人生を大きく左右する、非常に大切な旅になることが分かっていたので、これから先々で起こるであろうさまざまな出来事への不安と息子と妻の不在が、彼の心の中にぽっかりと大きな穴を開けてしまった。この辛い別れは、レオポルトだけでなく、姉のナンネルにも大きな悲しみを与えたようで、彼女は体調不良まできたすことになる。「ナンネルがさめざめと泣いたものだから、父さんはあの子を慰めるのにとっても苦労しなければならなかった。あの子は頭痛がして胃の調子が悪くて吐き気がすると訴え、最後には嘔吐してしまった」
旅立ちの日に示した父親の暗い表情は、まるでこれから先の旅の行方を占うような雰囲気さえある。能天気な息子の日頃の行いを考えてみると、心配性の父レオポルトには、この旅にそれほど大きな期待をかけられないのではないかと思えてくる。それでも、息子が職を辞するという代償を支払ってまでするこの旅に、失敗は絶対、許されない。そんな不安と緊張感のせいで、レオポルトは息子に旅の祝福を送るのを忘れてしまう。「私たちが暇を出されたとき、父さんは精一杯努力して自重、この別れをこれ以上辛いものにないよう務めた。そしてこのようにふらつきよろめく中で、わが息子に父として祝福してあげるのを忘れていたというありさまだ」手紙の最後にレオポルトは次の言葉を書いて、息子への初信を締めくくった。「わが人生において、よもやこのような日を経験するなどとは、思ったことがなかった」
モーツァルト・バー「キール」
〒520-0047 大津市浜大津2丁目1-17一番街ビル






