国政刻刻 湖東平野、豊郷町の「龍ケ池揚水」が滋賀県で初の「世界かんがい施設遺産」に認定
米の端境期をむかえて各地の店から米が消えてしまいました。家庭ではもちろん、給食や食堂でも米不足に気をもんでおられる方も多いのではないでしょうか。不足に直面して改めて、米作り農家への感謝とともに、米作りを可能にする水利システムを作り上げてくれた先人の努力に感謝です
今から1300年以上昔の律令時代から近江は畿内の米どころでした。奈良や京都、江戸時代以降は大阪という都市部の米需要を賄うために近江では、流域水源地の水涵養力を超えて過剰に水田を開発してきました。特に湖東と湖北は常に水不足に悩まされ、上下流の水争いが起きました。湖東平野の豊郷地域も水不足常襲地域でした。
そんな時に近代的な地下水くみ上げ技術の情報が滋賀県に届きます。村のリーダーたちは、自前でイギリスとやり取りをしながら、石炭の蒸気ポンプを輸入して、日本で初めての地下水くみ上げ施設「龍ケ池(たつがいけ)揚水」をつくりました。行政の支援はほとんどなく、費用も技術も石畑という村落独自で明治42年(1909年)に事業に着手。大正2年(1913年)に完成しました。7m四方の石積堀の真ん中に12m近くの掘り込みのある地下水くみ上げ施設です。当時の記録をみると揚水機場の効果が4点指摘されています。�@干害を回避して安定的収穫、�A二毛作の拡大、�B副業への手間の転換、�C青年が地域に残る。見事な村落自治です。その後大正時代には蒸気動力から電化をして、今まで安定的に水供給をしてくれています。
「世界かんがい施設遺産」は建設から100年以上が経過し、農業のみならず地域の発展への貢献度が高く、歴史的・技術的・社会的価値のあるかんがい施設を認定・登録するものです。世界では179施設、全国では54施設ということですが、滋賀県では初めてです。日本の他の施設は農業用水路やため池などです。地下水くみ上げ施設は龍ケ池がはじめてです。龍ケ池の敷地には、昭和8年に勧請したという雨井神社の水神の森も佇んでいます。地域の子どもたちが、明治の先人の努力と思いを知ってほしい、米づくりの聖地です。






