自治刻刻 80年目の夏に
終戦から80年の歳月が流れようとしています。戦後世代の人口比率が90パーセントを超え、戦争を体験的に知る国民がほとんど生存していない時代になりました。先人が命を賭けて戦った戦争を、決して歴史上の出来事として単純化することなく語り伝えていかなければならないのですが、一体いつまで戦後という基準を持ち出して様々な局面における価値づけの判断を続けるのか、ということをそろそろ問題提起しなければならないのではないでしょうか。
私たちの日常の生活様式や社会の在りようは、すでに江戸時代には定着しており、この時代において日本独自の文化の構築や価値判断がなされてきており、その価値基準は、戦争によって変化した部分はあるにせよ、本質的なところではこれが失われたり大きく変化したりはしていないと思うのです。
広島、長崎への原爆投下によって終結したとされる太平洋戦争。あの広島の平和祈念碑に書かれた「過ちは繰り返しませんから」の主語は何なのか、そして、これで良いのかを明確にしない限り、自虐史観の呪縛からの脱却はなしえないのです。戦後という基準から独立国家としての日本の基準に基づいた判断と実行が今こそ求められるのではないでしょうか。
ロシア・ウクライナ戦争やイスラエルを挟み繰り広げられる中東地域の目を覆いたくなるような悲惨な映像を見るにつけ、中国、北朝鮮の動向の先に私たちの日本も一触即発の状況に直面していることを自覚することが必須ではないのかと思わざるを得ないのです。
折しも参議院議員選挙の最中、選挙戦の争点になっている物価高騰や減税等の目先の利益に終始するのが国政とりわけ参議院の役割ではないはずで、大所高所から将来にわたるこの国のあるべき姿を我が国固有の価値観に基づく政策の論争を通じて国際社会に通用する一流国家を目指すことこそが戦禍に倒れた先人に対する最大の敬意ではないでしょうか。






