国政刻刻 国スポ・障スポのレガシーを
本県開催の国民スポーツ大会は無事終了し、次の舞台、障がい者スポーツ大会へと移ります。滋賀県選手団も大活躍でした。選手・スタッフ、ボランティアの皆さん、自治体・大会関係者はじめ多くの県民の皆さまに感謝申し上げます。
「国民体育大会」は、戦後の混乱の中、国民に希望と勇気を与えることを目的に、昭和21年に第1回が開催されました。その後、都道府県持ち回りで開催されております。
昨年の佐賀大会から呼称は「国民スポーツ大会」へと変更されました。「体育」という教育的な要素が強い名称から、もっと自由で多様で楽しむものへの変更ととらえることができます。
湖国での開催は昭和56年「びわこ国体」以来、44年ぶりとなります。東京五輪でも強調されましたが、大会の成功を何らかの形で後世へ残すことも大切です。レガシーを残すということです。成功事例は、びわこ国体の旧伊吹町(現米原市)のホッケー競技です。開催地決定以前は、同地でホッケーは全く普及していませんでしたが、その後、一気に町全体が盛り上がり、国体2年前には小学生チームが全国制覇し、びわこ国体でも成年男子が優勝しました。それ以来、旧伊吹町は、「ホッケーのまち」として、少年スポーツ団、中学、高校の各レベルで全国的な活躍が続いています。令和元年には、ホッケー日本リーグの「ブルースティックス滋賀」も誕生。たくさんの日本代表選手やオリンピック選手を輩出しています。今後、第2の伊吹町が待たれます。
また、今大会に備え、施設の新築・改築も多数行われ、投資総額は約600億円を超えます。主会場の彦根市の平和堂HATOスタジアムなどの今後の使い方も課題となります。ハトスタは、サッカーJリーグを目指すチームのホームとなることが予定されており期待されます。
各地で熱戦が繰り広げられてきた今大会。どのような形でレガシーを残せるのか、自治体や地域の引き続きの取組みが望まれます。






