城跡めぐる戦国ウォーク
◇湖東・彦根市
関ヶ原の戦いで敗れた武将、石田三成の居城だった佐和山城跡(彦根市)が、近年の歴史ブームで若い女性を中心に注目が集まる中、滋賀県教育委員会と近江鉄道は十二月五日、現地とその周辺をめぐる「まるごと佐和山城」を開催する。
佐和山城は、「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」|といわれるほど威容を誇ったが、関ヶ原の戦いの三日後に落城し、徳川幕府の治世では廃城となった。
このため謎多き城だったが、彦根市教育委員会の平成十六年からの測量調査や、滋賀県教育委員会の発掘調査で全容が明らかになりつつある。
その城跡と周辺で開催される「まるごと佐和山城」では、三つのイベントが催される。呼び物の一つ、城跡をめぐる戦国ウォーク「風雲佐和山城」は、大手前面に広がる鳥居本宿場をめぐった後、佐和山城跡の大手から専門職員の案内で城跡を縦断する。
「鳥居本宿場めぐり」(彦根市鳥居本町)は、宿場の名残りを自由に散策するほか、県指定文化財有川家住宅の特別解説(午前十一時、午後一時)もある。
また、「井伊家ゆかりの古刹めぐり」(彦根市古沢町)では、佐和山城跡の麓に点在する井伊家ゆかりの寺社の自由散策のほか、清涼寺井伊家墓所の特別解説(午前十一時、午後一時)が行われる。
戦国ウォーク「風雲佐和山城」については事前申し込みが必要。定員百人。参加費五百円。当日は午前十時までに鳥居本宿本陣跡(近江鉄道鳥居本駅下車徒歩五分)に集合。参加希望者は、十二月三日までに県教育委員会事務局文化財保護課城郭調査研究所(0748-46-6144)へ申し込む。
なお、佐和山城は江戸後期の絵図や現在の遺構からみると、本丸を中心に各尾根に法華丸、太鼓丸、二の丸、三の丸、西の丸を配していたことが分かる。
これらは、彦根市教委が間伐と測量調査を行った結果、平たん部と急斜面を連続して張り巡らせた基礎が明らかになっており、「縄張りが今後検討できる」ほどの成果を上げている。
滋賀県教委も四月から山麓で発掘調査を行い、溝で区画された家臣団の屋敷跡を検出。屋敷跡からは、豊臣秀吉が好んで用いた紋章「五三桐」が刻まれた金具がみつかり、調査員は「島左近の屋敷だったかも」とロマンを膨らませている。







