嘉田知事の兼務解消決議案可決
◇全県
県議会(定数四十七、欠員一)が二十六日開かれ、日本未来の党代表を務める嘉田由紀子知事に対して、知事と国政政党の役職の兼務解消を求める決議案(全文参照)が提出され、議長と欠席の自民県議二人を除く自民党県議団二十二人、民主党県民ネットワーク十二人、公明党二人、みんなの党一人、無所属一人の賛成多数で可決された。
行き場を失いつつある嘉田知事
それでも兼務続投に意欲
兼務解消では全会派一致していたが、決議案に知事辞職をにじませる自民に対して、知事を支援する対話の会しがねっと(五人)は、知事職への専念を主張したため、最終的に反対に回った。
決議案を巡る討論では、賛成意見として奥村芳正県議(自民)が「石原前都知事と嘉田知事の違うところは、石原氏は辞職して直接国政に参画したが、嘉田知事は兼任」であり、「県益を代表する責務を全う出来るとは思えない」と速やかな兼務解消を求めた。
このほかの賛成意見では、西川勝彦県議(民主)は「国政政党の党首と県政の知事の立場は矛盾が生じる」と危惧し、梅村正県議(公明)は県政課題が山積する中で「兼務できるのか」と疑問視し、「百四十一万県民の安全安心の構築に全身全霊を打ち込んでほしい」と訴えた。
蔦田恵子県議(みんな)は「全否定はしないが、知事としてすべきことをしていない。どうしても兼務するならば、辞職して、兼務の是非を県民に問うべき」と指摘。木沢成人県議(無所属)は衆院選で未来の党へ投じられた票を「裏切るべきでない」とし、「知事は早い時期に兼務を解消し、正当な手法に基づいて国政に参画されることを望む」と辞職を求めた。
これに対して反対意見では、沢田亨子県議(対話)が、地域と信頼関係を構築するには現場へ足繁く通う必要性や、原発問題など多くの県政課題がある中で兼務の懸念を述べ、「知事の職責に専念することを望む」と厳しく求めた。
兼務解消を求める決議を受け、嘉田知事は議会後、「今回の衆院選挙で日本未来の党を支持いただいた方の信頼に応えるためにも、また、国政に対して地方の現場の声を届けるためにも、党の活動は継続するつもりだが、軸足はあくまで滋賀県の暮らしと琵琶湖の自然、そして人々の未来の幸福にある、という考えは一貫している。本日の議会の決議を重く受けとめ、知事としての職責を、しっかり果たしてまいりたい」とコメントした。
県議会の最大会派である自民党の三浦治雄会派代表は「決議案については、すべての会派が合意できる文言にしようと尽力した。対話の会は決議文に『知事の職務に専念して、その職責を全うするように』を加えることを主張したが、十一月県会の一般質問でも、知事の辞職(国政への転出)を求める声もあったので、この文言は入れず、兼務の解消を求めるにとどめたが、納得してもらえなかった。この決議は、重いものであり、これからの活動で範を示してもらいたい」と余裕の表情を見せた。
知事と国政政党の役職の兼務解消を求める決議(全文)
都道府県を統轄、代表する地位にある知事には、県民の福祉向上と県勢の発展のため、その全力を尽くして職務に専念することが求められており、これは、知事に県政運営を託した有権者に対する政治的、道義的な義務である。
他方、政党の舵取りを担う党首には、党の政治的主張と国益の実現のため、全力を傾注することが支持者から期待されており、こうした両者の立場の違いと職責の重大さにかんがみれば、知事が国政の政党の党首を兼ねることは、およそ考えられない。
しかるに、嘉田由紀子知事は、平成二十四年十一月、新党を結成し、滋賀県知事に在職のまま党首に就任した。以来、選挙期間中ばかりでなく、その後においても、党務のために公務を離れ、県外に出ることも多々見受けられる。
知事職は激務であり、諸会合については、現状でも副知事の代理出席とならざるをえないところ、今後も政党用務が続くことになれば、知事本人の出席の機会が更に少なくなり、県民の期待に応えられなくなるとともに、庁内執務についても、十分な協議のための時間確保が困難となり、県政運営に支障を来すことが予想される。
また、国会および県議会が政党を中心として構成、運営されていることからすれば、知事がその重要な役職に就き、特定の政党色を鮮明にすることは、得られる効果よりも県益を損ねることの方がはるかに多いと危倶される。
もとより、知事の政治活動が禁止され、または執務時間が拘束されているものではないことは当然であるが、滋賀県民百四十一万人の明日を預かる知事として、今回の両者の兼務は、あまりにも異常な事態である。
よって、本議会は、嘉田由紀子知事に対し、速やかに知事と国政政党の役職の兼務を解消するよう、強く求める。
日本未来の党年内にも分党
主導権争いで
日本未来の党の代表を務める嘉田由紀子知事は二十六日、県庁で会見し、「人事案が認められなかったのが最大の原因」として、年内にも分党する方針を明らかにした。
小沢一郎氏と嘉田代表の主導権争いが原因とみられ、嘉田代表が考えの近い社民党出身の阿部知子衆院議員を共同代表にする人事案を提案したのに対して、旧国民生活が第一出身のメンバーが小沢氏を共同代表にするよう反発し、結党わずか一か月で党分裂に発展した。







