追い込まれた嘉田知事<上>
◇全県
嘉田由紀子知事は四日、県職員への年頭の訓示で、「県民や職員の皆さんに心配をおかけした。私自身の国政との関わりだが、県議会で議決された兼務解消決議を重く受け止め、政治団体『日本未来の党』の代表を後任に譲る」と未来代表を辞任する考えを示した。辞任は、六日の同党の会合で了承された。新代表には、阿部知子衆院議員が就く。わずか一か月で党首を退いたが、野心家の嘉田氏だけに起死回生策として何かを企てるのか。二回に分けて総括し、展望してみた。【石川政実】
嘉田氏は昨年十一月二十七日、日本未来の党を旗揚げし、代表に就任。しかし、衆院選では“卒原発の風”は起こらず惨敗した。先月二十八日、小沢一郎氏に近い旧「国民の生活が第一」の議員らと対立し、追い出される形で、阿部氏とともに「日本未来の党」を結成し共同代表に就いた。
今月四日の年頭会見では、未来の党代表を一か月余りで退くことについて「比例で投票していただいた三百四十万人の方々には、お詫びします」と陳謝した。
嘉田氏が卒原発の旗をこうもあっさりと降ろすことに、三百四十万人も戸惑ったに違いない。
ちなみに県議会の決議は、知事と国政政党の役職の兼務解消を求めているが、知事職専念に限定していない。むしろ自民県議の中には、知事を辞職し、国政へ転出すべきとの声が多かっただけに、県議会も肩すかしを食った格好だ。
●失ったリアリティー
衆院選で惨敗した理由に、小沢氏との路線対立が挙げられているが、それだけではない。飛躍のチャンスは、数多くあった。むしろ問題なのは、嘉田氏の言葉がリアリティーを失いつつあることだ。
昨年十二月十四日、大津市内のパルコ前で、同党の比例近畿ブロックから出馬した福田衣里子氏と一緒に嘉田氏は、街頭演説をした。貧困問題や若者の雇用改善などを訴える福田氏には圧倒的なリアリティーがあったが、嘉田氏には、それが失われていた。
●家森県議の先見性
先の年頭会見では、「党首を退いて知事職に専念し、知事の任期(一年半)を全うする」としたものの、夏の参院選については「先のことはわからない」とし、出馬の可能性を否定しなかった。
家森茂樹県議は昨年十二月県会一般質問で「嘉田知事の論理でいくと、国政に参画しなければ(卒原発という)県の思いは通じない。このため党首になったものの、国会議員でないと国政に関われない。もし党首を辞めて、国政から撤退するとなれば、知事を続けても国政へ思いが通じない。つまり、嘉田知事は、知事を辞めて国政に出るか、両方を辞めるかしか道はない」と指摘。
嘉田氏は「あくまで原子力を中心に国への回路がほしいというものだった。県政項目全般ではなく、家森氏の論理は当たらない」とかわした。
中原中也の詩『山羊の歌』が県民の胸を通りすぎていく。
『汚れつちまつた悲しみに今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに今日も風さヘ吹きすぎる』







