前田典夫氏の告別式 生前の功績偲び、冥福祈る
◇近江八幡
先月二十六日、肺炎で亡くなった(財)ハートランド推進財団元理事長・前田典夫(まえだ みちお・享年82歳)氏の告別式が三十一日、近江八幡教会で営まれ、親交のあった人々約百五十人が参列し、別れを惜しんだ。
前田氏は昭和五年(一九三〇)、近江八幡市江南町生まれ。旧制八日市中学校から同第三高校を経て京都大学法学部に進んだ。卒業後は、音楽関係の企業や大手飲料メーカー、貿易会社の要職を務め、定年退職後は近江八幡市土田町の自宅に戻ったが、東京に創設したオルガン普及の団体活動の仕事で近江八幡と東京を往復する生活を送った。
その間、海外でパイプオルガンの国際交流演奏会や国際オルガン祭を開催するなど、音楽分野でも世界を舞台に活躍。一方、近江八幡では、平成十一年(一九九九)から十二年間、ハートランド推進財団理事長に就任し、市民によるまちづくり活動に取り組み、八幡塾の発展や様々な人材育成、まちづくり推進に尽力。理事長退任後も理事として在任し、亡くなるまで生まれ育った郷里・近江八幡の発展に協力を惜しまなかった。
前田氏は、一九三一年、小学生の時に転居したヴォーリズ設計の住宅で育った。前田邸(後に国の有形登録文化財指定)として知られる住宅は、同設計事務所の佐藤久勝氏が得意とした幾何学的な装飾を施したヴォーリズ建築文化あふれる様式が用いられ、家主となった前田さんは、その建築思想のすばらしさをワークショップの会場としてや一般開放を行うなどして広めた。そうした功績により市制五十周年の市制功労者として表彰を受けている。
告別式で友人として弔辞を述べた川端五兵衞・元近江八幡市長は「前田さんの功績は数え切れないが、西の湖とその流域の自然動物や植物が生息する水辺環境や文化的景観、産業振興への恩恵には大きなものがあり、琵琶湖周辺にあった内湖の多くが干拓等により消失した中で、昔の水辺形態を残す数少ない世界的な財産であり、継承が強く求められる湿地帯として人一倍の関心を寄せられた人であります。前田さんの深い見識と人脈によって、その地域がラムサール条約に登録認定されたことは、誠に大きな功績で感謝しています。ラムサール条約の登録に恥じないよう、今後も守っていきます」と遺影に語りかけ、前田氏の功績と人柄を偲んだ。








