4年計画で保存修理に着手
経年による破損が著しいとして県教育委員会はこのほど、県指定有形文化財の信楽院本堂(日野町村井)と檜尾神社本殿(甲賀市甲南町池田)の保存修理工事を四年計画で着手したと発表した。現在、信楽院本堂では素屋根(工事のための仮設の覆屋)の建設が行われている。
保存修理工事は、各所有者から全事業を県教委が受託して実施するもので、事業費は、信楽院本堂が全体で二億四千万円(うち二十五年度は二千六百六十六万七千円)、檜尾神社本殿は全体で一億九千万円(同千三百五十万円)。
信楽院は、十七代にわたって同地を統治した蒲生氏の菩提寺。草創は明らかではないが、寺伝によれば貞和五年(一三四九)に小御門城の近くに移し、その後蒲生貞秀が城を音羽に移すとともに寺も移転。浄土宗に改宗して信楽院となったあと、蒲生氏転封に伴って十六世紀末頃に現在地に移されたとあり、表門を入ると、庫裏、本堂、大師堂、行者堂、鐘楼が境内を囲むように建ち並んでいる。
県指定の本堂は境内奥の東面に建ち、寺蔵文書・棟札から元文四年(一七三九)に上棟したことがわかる。
建物は桁行一四・三メートル、梁間一五・二メートル、一重、入母屋造、本瓦葺の建物で、背面に桁行五・一メートル、梁間六・一メートルの内々陣が張り出している。太い柱や成の高い虹梁を用いた架構に迫力があり、また、正面一間通りは細長い土間で、浄土宗の本堂としては類例の少ない珍しい平面構成を成している。
さらに天井には、日野出身の画家・高田敬補(一六七四~一七五五)による雲龍・天女・蓮華等が描かれ、力強く荘厳な本堂として知られているが、経年による屋根の破損によって雨漏りが生じていた。
このため、全面葺替修理と木部等の部分修理も併せて行うことになり、前回の修復から九十一年ぶりの葺替工事となる。
檜尾神社は杣川流域の谷間部に位置し、天津彦彦火瓊々杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を主祭神とする神社。応安二年(一三六九)に社を再造立したと伝わることから、中世には池田の鎮守社として祀られていたと考えられる。
現在の本殿は、縁の高欄擬宝珠に宝永三年(一七〇六)の銘があり、やや規模の大きい三間社流造。内部は柱頂部や組物、蟇股彫刻、向拝手挟に彩色、その他の木部は丹塗りなどの塗装が施されており、装飾性に富んだ華やかな本殿だ。
棟札から三度の葺替が行われたことがわかるが、全体に正面側へ傾斜していることと併せて、木部や屋根檜皮葺の腐朽・破損、塗装・彩色の剥落が進んでいることから、すべての部材を一旦解体し、破損部分を修理して組み直す解体修理を行うことになった。







