若王寺の木造大日如来坐像(平安時代)上仰木遺跡出土品(北宋、平安時代)
◇大津
大津市教育委員会はこのほど、新たに市指定文化財に若王寺(大津市大石中三)の木造大日如来坐像(平安時代)と上仰木遺跡出土品(北宋、平安時代)を指定した。これにより、同市指定文化財は百二十件となる。
木造大日如来坐像は、像内も含めて黒色の古色におおわれ、雨害や火災にあった形跡もあり、当初の部位は幹部材と両脚部材のみで、他の箇所は後補になる。
修理については昭和六年の記録が底板にある。背面材の像内下半に、六行以上の墨書があり、その年記により承暦四年(一〇八〇年)に大日如来の金色像として造像された事が判明する。
十一世紀にさかのぼる在銘像は極めて少なく、年記の明らかな像としては、県内で五例目、大津市内では二例目の古さとなる。密教の主尊である大日如来像の事例としては、康平元年(一〇六二年)の和歌山県・正善寺木造大日如来坐像に次ぐ古例である。
上仰木遺跡出土品は、大津市仰木四丁目の上仰木遺跡の壕跡から発見されたもの。内容は、「緑釉白地掻落牡丹唐草文梅瓶片(りょくゆうしろじかきおとしぼたんからくさもんめいびんへん)」六点と「墨画土器」。
「緑釉白地掻落牡丹唐草文梅瓶片」は、北宋から輸入された陶磁器で、河北省南部、河南省一帯で操業していた「磁州窯系(じしゅうようけい)」の民窯で生産されたもの。
ろくろを使って形を作り素焼した後、化粧土でおおって牡丹唐草文をかき落として浮き彫り風に表し、最後に外側全体と口の内側に緑釉を塗って本焼を行うという、手の込んだ作りである。
磁州窯系の掻落文(かきおとしもん)陶器の多くは、無色透明釉を施したものであり、緑粕を掛けた例は極めて珍しい。
類品は大英博物館や出光美術館などの蔵品が少数知られるが、国内ではこれが最初の出土あり、破片ではあるが、極めて重要な資料といえる。
「墨画土器」は土師器(はじき)の皿で、内面に僧侶、女性、長刀などが描かれ、外面の口縁部から底部にかけては、女性の顔と頭に荷物をのせて川を渡る女性の姿が描かれる。
また、内外両面には筆慣らしや筆使いの確認の跡と思われる複数の墨線が見られる。これらの絵は一つの画面を構成するものではなく、手馴れた筆致のものと、ぎこちない線描が共存しているが、落書きや手慰みではなく、作画に関係するものと見られる。
このような例は極めて希少であり、他に平城京の長屋王邸宅の井戸から出土した猿の顔を練習した墨画土師器が知られるだけである。また、平安末期の風俗画としても貴重な資料である。
なお、この二件を含む上仰木遺跡の出土品は、大津市歴史博物館で四月二十五日まで開催されているミニ企画展「大津の遺跡シリーズ8 上仰木遺跡」で展示されている。








