県政NOW 蒲生氏郷公のお力をお借りして
現在、私は活動の一つとして、また商工会の一員として、商業再生をしていかねばならないと思っています。
近江商人、また日野商人、先人たちが培ってきたこの神崎、蒲生郡一帯を、私が商工会に入会した頃はよく蒲生神崎「がもかん」と呼び、両郡は一つのグループ分けで有りました。当然この地域の商工業の再生に努力しなければならない訳で有りますが、地元の商(あきない)は大型店舗に追い込まれ、最悪の危機がそこまで迫って来ていると感じています。近江商人が勇気を出して、関東地方をはじめ、県外に飛び出して行ったように、もう一度勇気を振り絞る時が来ています。IT、SNSの力を活用して行かなくてはならないのは言うまでもありません。そこで、私は近江商人同様、まず足を運び稼がねばと、蒲生氏郷公の力をお借りする事にしました。氏郷公は日野町、旧永源寺町、旧蒲生町から近江八幡の馬渕あたりまでも治めていた戦国時代の武将です。その力をお借りする思いで上京して来ました。氏郷公ゆかりの地である滋賀県(日野町)、三重県(松阪市)および福島県(会津若松市)における相互交流や観光・産業振興等を促進するため、滋賀県東京本部職員と共に、東京日本橋にある3県のアンテナショップを訪問し、三重・福島両県と連携した取組の実現に向け意見交換をさせて頂きました。やはり氏郷公のご威光は健在!「氏郷公つながりなら、是非やりましょう!」と、心よく受け入れて頂きました。三重県のショップの二階には広いイベント会場も有り「ここを使って、東京の人々に氏郷公や近江商人、そして地場産品の紹介をしてください」と力強いお言葉も頂きました。偉業を大成された会津若松の鶴ヶ城も、今年は戊辰150年記念祭が開催されます。これも氏郷公のお力添えを感じております。日本橋は日本の道路の起点であります、この日本橋から近江商人行商の再スタートを切ります。







