県政NOW 「北方領土」
北海道根室沖に連なる歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の4島からなる北方領土は、私達の先祖が血と汗で開拓してきた日本の古くからの領土です。戦後不法に占拠されたままであり、その返還によるロシアとの真の友好関係の確立を願い、北方領土返還要求運動滋賀県民会議会長の細江正人・県議会議長を団長とする「第38回 北方領土視察団」(地方議員、遺族会など22人)が10月21~23日に派遣され、訪問先の北海道根室市では市長をはじめ多くの方から歓迎を受けました。現地では、元島民や地元の方々のお話を伺い、出発前の私の思いは微妙に変化しました。占拠されて早75年の年月が経ち、当時1万7千人おられた元島民は6千人まで減少する一方、北方四島にはロシア人が1万8千人居住しています。北方領土問題はこれまで政府による粘り強い交渉が行われてきたものの、未だ解決に至っておりません。自分の生まれ育った土地や財産を突然奪われた悔しさを思うと無念でなりません。漁業の盛んな根室の漁師さん達は絶好の漁場が目の前に広がっているのにロシアの警備艇に監視され漁に出られず出稼ぎに行っている現実、だ捕の問題、墓参の問題等、お話を伺えば伺うほど深刻な状況です。1855年(安政2)の日魯通好条約、1875年(明治8)の樺太千島交換条約、1905年(明治38)のポーツマス条約、1951年(昭和26)のサンフランシスコ平和条約、どれを見ても北方四島は日本固有の領土です。滋賀県と北方領土の関わりは深く、江戸時代の後半に近藤重蔵(幕臣、近江大溝藩に配流・病没)が北海道本島や国後島、択捉島など北方領土の探検にあたり、1798年(寛政10)に択捉島に上陸し「大日本恵登呂府」の標柱を建て、日本の領土であることを明らかにしました。また、近江商人は、北海道の漁場や北方領土の開発に深く関わってきました。現在、近江八幡市と松前町、東近江市と江差町が姉妹提携を結んで交流しているのも、そうしたゆかりがあるからです。1982年(昭和57)に県民会議が設立され、現在では県市町、県市町議会、民間団体等165団体による、返還要求運動が展開されています。「北方領土視察団」の他にも、「県民のつどい」、県内と根室市の中学生の相互派遣事業など、返還要求運動を引き継ぐための啓発にも力を入れています。四島のかけはしや北方館、北方領土資料館のある納沙布岬に立った時、目の前に見える貝殻島(歯舞群島にある低潮高地)が近江八幡の沖島と私の中で重なり、耐えきれない哀しさや憤りがこみ上げてきました。四島のかけはしで返還が実現するまで燃え続ける火のように、解決に向けた運動の輪がさらに大きくなるように努力してまいります。







