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日野町
有害自販機への道・杭止め
滋賀報知新聞(ニュース)平成12年11月29日(水)第12479号
(湖東・日野町)
日野町の「鎌掛の歴史を学ぶ会」(岡正夫会長)はこのほど、同地区の江戸時代における歩みを紹介した冊子「ふるさと鎌掛の歴史=宿場町として賑わった江戸時代=」を刊行した。
同会の講師を務める瀬川欣一氏(同町鎌掛)が、これまで調査してきた内容をまとめた。
古代から関ヶ原合戦までを記した第一巻に続く第二巻では、領主・蒲生氏郷の国替によって日野周辺が混乱と戸惑いに陥る中、再び立ち上がろうとする村の様子を、語りかけるような文章で記述した。
同冊子には、「蒲生家のその後と、近江日野商人の発祥」「北国越安土街道と鎌掛宿のはじまり」「鎌掛も受けた過酷な天保の検地」「幕末の一大変革から明治の年号へ」など四十五編を収録し、街道の人馬継立宿(脇街道宿)として栄えたことや、重い年貢や凶作に耐えた先人の努力に光をあてている。
「賑わった街道の宿場・鎌掛宿」では、江戸時代に流行した「お陰参り」で繁盛した鎌掛宿を紹介。伊勢神宮へ参る「お陰参り」は、江戸時代初期の慶安三年(一六五〇年)を皮切りに始まったもので、明和八年(一七七一年)には約二百万人が参加、天保元年(一八三〇年)には約五百万人もの人々が全国から繰り出したと言われる。
もちろん、中山道の五個荘町小幡から鎌掛宿を経由して東海道土山宿へ至る、「御代参街道」(北国越街道)の通行人も急増加し、鎌掛宿では必要に迫られて宿屋が開業するなど隆盛を迎えた。その名残として今でも、「坂本屋さん」「大黒屋さん」「紺屋さん」「鍵屋さん」「桝屋さん」など、当時の商店や旅館の屋号が伝わっている。
定価は二千五百円で、三百冊発行した。購入希望者は、日野町鎌掛公民館(TEL0748―52―1210)へ問い合わせる。
有害自販機への道・杭止め
青少年の生活環境浄化へ
=市青少年育成市民会議=
(湖東・近江八幡市)
近江八幡市内に設置されている有害図書やビデオの自動販売機の撤去運動に取り組んでいる市青少年育成市民会議(栄畑由蔵会長)は、撤去してもらえないのなら利用しにくいようにして、少しでも青少年への悪影響を抑えようと23日、御所内町地先の国道8号線沿いに設置されている自販機の隣接地に柵を設ける作業を行った。
作業には、同市民会議のメンバーや市職員合わせて20人が当たり、自販機への通り道となっている出入り口に約1メートル間隔で木製の杭15本を打ち込み、鉄線を張った。青少年が買い求めに行かないよう抑止効果を持たせた。
自販機は、土地所有者が設置を承諾している問題もあり、強制的な撤去は難しい。八日市市では、自販機前に青少年に自制を呼びかける看板を設置したところ、業者も派手な広告文字を描くなどの攻防の末、商品が売れなくなり、自販機が撤去していった例があった。
作業に当たったメンバーらは「こうした自販機がなくなるまで根気強く、取り組みやパトロール活動を続けていきたい」と話していた。






